2月2日(日曜日)「気づきの日」瞑想会が開催されました。
この日は、静かな雑木林に囲まれた離れの茶室での開催でした。
午前中のアンフーンさんの法話では、先月に続いて5つのマインドフルネス・トレーニングに関してお話をされました。
<アンフーンさんの法話> (微笑みの風サンガのJINさん翻訳)
先月から5つのマインドフルネス・トレーニングを学び始めました。先月は第一のトレーニング「いのちを敬う」をやりましたね。今月もその続きをして、来月から第2のトレーニングにいきましょう。
5つのマインドフルネス・トレーニングは北極星のようなものです。平和で幸せな人生を送り、その実践を人々とシェアするための道しるべとなる北極星です。この道を歩くことができるのは幸せなことです。北極星にたどり着ける人は一人もいません。それと同じように、5つのマインドフルネス・トレーニングを完璧に実践できる人は一人もいません。でも、実践があることによって、自分の心と身体はより軽くなっていきます。
人によってはマインドフルネスのプラクティスをしていれば十分だから5つのマインドフルネス・トレーニングは必要ないという人もいます。でも、マインドフルネスのプラクティスをしていてもそれが正しいマインドフルネスではなく間違ったマインドフルネスであることもあります。
例えば、マインドフルにタバコを吸っている人がいるとします。20年間マインドフルにタバコを吸っている人です。もし、その人が本当に正しいマインドフルネスを実践していたらタバコを吸うことをやめているはずです。タバコを吸うことから生まれる苦しみに気づくはずです。
タバコを吸う人はタバコを吸うのがただ好きだから吸うのです。それは、タバコを吸っている間、自分の心の底から出てくる痛みと向き合う必要がないからです。それは習慣なのです。さみしさを紛らわせるための習慣です。自分の感情をコントロールするために身につけたことです。自分を忙しくして働きすぎるのも同じような習慣です。自分の心の奥底にあるものを感じなくていいようにするのです。
マインドフルネスのプラクティスは苦しみに気づくところから始まります。苦しみとは、感情をコントロールするための習慣から生まれる苦しみ、例えばタバコを何年も吸っていると肺や自分の身体そのものを弱くしていくこと、食べ過ぎたり、アルコールを飲みすぎることも私たちを不健康にして頭をはっきりとさせなくします。映画を見すぎると不健康なエネルギーに私たちをさらすことになります。だから、それらの習慣によって生まれる苦しみに気づいたとき、私たちは正しいマインドフルネスをはじめるチャンスなのです。
5つのマインドフルネス・トレーニングの中心にあるのは「苦しみに対する気づき」です。苦しみへの気づきがなければマインドフルネスの成果を得ることはできません。気づきが私たちの心や人生に慈悲の心が浮かんでくるのを可能にしてくれます。慈悲があるところに幸せもあります。マインドフルネスのプラクティスは私たちの人生で慈悲のエネルギーを養うことを可能にしてくれます。
1つ目のマインドフルネス・トレーニングを学ぶのに1年間を費やすこともできますが、今回は1つのトレーニングに対して2か月のペースで進んでいきましょう。5つのマインドフルネス・トレーニングについて語ることは、幸せの方向について語ることです。どのトレーニングを実践しても、幸せの方向に一歩進めていくような感覚です。5つのマインドフルネス・トレーニングは大学の授業とは違います。我々は自分たちの幸せや苦しみについて学びます。それは楽しく、喜びがあり、あきることがなく、いつまでも話し続けることができます。
では、1つ目のトレーニングについてどなたか読んでください。そこに書かれている最初の一文について言及したいと思います。「いのちを破壊することから生まれる苦しみに気づき、相互存在を洞察する眼と慈悲とを養い、人間、動物、植物、鉱物のいのちを守る方法を学ぶことを誓います。」という部分です。命の破壊はどの瞬間にも起こっています。私たちの身体の中では今も無数の細胞が死に、そして生まれています。この瞬間に生まれてくる赤ちゃんがいて、死んでいく人がいます。生まれてくる木があり、死んでいく木があります。生まれてくる動物がいて、死んでいく動物がいます。これは単に生と死についての話ではなく、苦しみについての話です。生命を破壊することから生まれる苦しみです。例えば、戦争によって殺されること、学校や教会で銃が撃たれて殺されること、動物が残虐に扱われることそのことによって生まれる苦しみについてです。
命について、と言った時にそれは人間だけではなく、動物や植物、鉱物を含めています。命はすべて尊いものだからです。切り倒されていく木や、戦争や交通事故で人が亡くなるのを見た時苦しみますよね。木々の破壊や自然災害で死傷者が出た時、私たちは苦しみ、命を守りたいと思うのです。だから相互存在を洞察する眼と慈悲の智慧を養うことを誓うのです。それは観念ではなく、洞察です。相互存在の洞察とは、すべてが関連しているということに気づくことです。植物がなければ動物は生きることができず、人間もまた生きることができません。海も川もすべて私たちとつながっていて関りあっています。人や植物、動物、鉱物がつながっていることは頭でも分かります。でもそれを単に知っているだけでは慈悲の心を養うことはできません。生命を助けるためには慈悲が必要で、その力によって海の魚が死んだら人間も死ぬことが分かるのです。
マインドフルネスの実践のためには集中と洞察が必要です。集中とは安定していて、継続的なマインドフルネスの実践です。マインドフルネスを議論で学ぶことはできるのか?と問う人がいますが、これは討論のためのものではありません。命を破壊することから生まれる苦しみに気づいて抱きしめるための招待状なのです。マインドフルネスと集中と共にその苦しみを抱きしめた時に、洞察と慈悲もともにやってきます。動物、海、植物に起こっていることは私たちに起こっていることなのだ、というのは理論ではなく洞察です。そのようなエネルギーがあればどうしたらいいのかが分かります。
私たちの家族について考えてみると、私たちにはそれぞれ父と母、兄弟・姉妹がいます。自分と父、母、兄弟、姉妹は違う人間で、同じ家に生まれたけれど別の個人だと思っている人がいます。では、母親が苦しんでいる時に、自分は全く関係ないと言えるでしょうか?お姉さんが幸せで、自分が不幸だと感じているとしたら、二人は関係していないといえるでしょうか?
自分の中には自分を幸せにしてくれるものと、不幸にするものがあります。自分を幸せにしれくれるものだけを受け入れて、不幸にするもの、自分が悲しくなることを避けるのは差別であり分離です。私たちのマインドは多くの場合2つの対立するものに条件づけられています。正しい/間違っている、苦しみ/喜び、好き/嫌いなどです。マインドフルネスの実践はそこにあるものをジャッジや分類なしに共にあることです。
私たちのプラクティスは幸せな感情が湧き上がってきたら「こんにちは」と話しかけてその感情と共にいて、悲しい感情が湧き上がってきたときにも友達のように「こんにちは」と語りかけて共にいるプラクティスです。
私たちの習慣を立ち止まって、深く観ることをします。「好き」「嫌い」に分けてしまうこと、好きなものを追いかけて、嫌なものから逃げる習慣を省察します。マインドフルな呼吸をして、何かから逃げることを止めます。立ち止まって、すべてを受け入れます。立ち止まることが、相互存在の洞察を養うことを助けてくれます。立ち止まることがなければ、相互存在の洞察を培うことはできません。相互存在の洞察が最初のマインドフルネス・トレーニングの核です。
想像してみてください。あなたのお父さんと自分が共に苦しんでいて、話せば話すほどお互いの怒りが湧くような状態だとします。それは、相手の苦しみが自分の苦しみだと理解していないからです。お父さんは「自分は息子のせいで苦しんでいる」あなたは「お父さんのせいで苦しんでいる」と両方が思っている限り、ずっと苦しみ続けることになります。お互いが苦しんでいて、どちらの方がより苦しんでいるか、苦しみが大きいのはどちらかということではないのです。そうではなく、どちらも苦しんでいることが分かれば洞察をえることができるチャンスがあります。そうすれば慈悲が湧いてきます。
そこにあるのは苦しみだけです。ただ、苦しみだけがそこにあるのです。相手を非難する必要はありません。相手を非難する必要がないことが分かれば、苦しみから抜けられる道があります。
「あなたは私ではない」と思っている限り、苦しみは永遠に続いていきます。あなたの幸せはあなたのもの、私の幸せは私のものと思っていれば苦しみは繰り返し、自分たち両方が同じように苦しんでいると気づかない限り変わりません。
自分を苦しめている人が家族の中にいたとします。あなたはその人の犠牲者のように感じて、自分がその人のせいで苦しみの檻に閉じ込められていると感じるかもしれません。そして苦しみによってがんじがらめにされていると感じているかもしれません。
それはあなたはその人とは違うんだと差別の心に根差しているからです。あなたも苦しんでいるけれど、相手も苦しんでいるのだと思い至ることができれば、救いの道はあります。マインドフルネスと集中とプラクティスすることによって生まれる洞察から、差別的な意識を徐々に変容させることができます。
自分が苦しみの中に閉じ込められていると感じていたらサンガでプラクティスをしてください。呼吸や、座る瞑想、歩く瞑想、食べる瞑想などをすることによってマインドフルネスと慈悲が養われてだんだんと色々なものが見えてきます。
「いのちを敬う」の後半部分には「有害な行為は、差別や二元的思考から生まれ、怒り、恐れ、むさぼり、不寛容から生じることを見抜きます。」とあります。「差別的な考え」とは自分と相手を違ったものとして見ることです。それによって多くの苦しみが生まれます。私たちは基本的なマインドフルネスのプラクティスに戻る必要があります。私たちの中のマインドフルネスのエネルギーを養うために、マインドフルな呼吸、歩く瞑想や、身体への気づきなど、サンガといる時だけでなくいない時にもプラクティスをすることによってゆっくり、私たちの中の差別の心に変容がうまれます。
怒りや緊張は私たちの心のスペースを多く奪ってしまいます。例えば2人の人が富士山を見ていたとします、一人の人は穏やかな心でみていて、もう一人は怒りながら見ていたとすると、怒っている人の心の中は怒りでいっぱいで、もう一人の人が見ている目の前にある富士山の美しさに出会うことができなくなってしまいます。差別の習慣的なエネルギーは生命の素晴らしさやこの瞬間を幸せに生きることを奪っていってしまいます。
相互存在の洞察が育まれれば、怒りや不安が減っていきます。そのことによってこの瞬間にある命を楽しむことができます。そして、人生に対する喜びや幸せが深まり、感謝や敬意が自然と湧いてくるのです。命が破壊される苦しみに気づくということは、生きる喜びに気づくということなのです。
苦しみに気がつけばもっと苦しくなると考える人もいます。でもそれは違うのです。苦しみに気づくということによって、もともとある命の喜びに気がつくこともできるのです。
もし、マインドフルネスのプラクティスをしているのに自分が幸せになっていかないとしたらそれは正しい方向でやっていないのかもしれません。正しいマインドフルネスのプラクティスは苦しみへの気づきを必要とします。そのことによって、喜び、平和、幸せ、慈悲の心が生まれてきます。そのことを覚えておいてください。
<アンフーンさんの法話 終わり>
法話の後は、食べる瞑想を行い、その後は静かな冬の森の中で歩く瞑想、マインドフルネス体操を行いました。木々に囲まれた場所で太陽の暖かさを感じながら、思いっきり深呼吸をして、身体を伸ばしました。
茶室に戻ってからは、歌う瞑想、座る瞑想、大地に触れる瞑想、ダルマシェアリングを行いました。
大地に触れる瞑想では、中国・武漢から広がった新型コロナウィルスのことに想いを馳せました。
人間に捕らえられた野生動物たちの苦しみや悲しみ、そして、野生動物を捕らえ、その肉を食べる人間達とも私達は一つの命の繋がりにあることを想い、大地に触れました。
参加して頂いた皆さま、ありがとうございました。
(Seiji@日光サンガ)
2020年3月12日木曜日
2020年3月2日月曜日
日光サンガ 1月「気づきの日」瞑想会の報告
1月12日(日曜日)、今年最初の「気づきの日」瞑想会が開催されました。
まず始めに、アンフーンさんの法話の法話がありました。
今年のアンフーンさんの法話は、5つのマインドフルネス・トレーニングの一項目ずつを深く掘り下げて学ぶことになりました。
<アンフーンさんの法話> (微笑みの風サンガのJINさん翻訳)
新しい年の始まりと共に、みなさんと一緒に新しい学びを始めたいと思います。5つのマインドフルネス・トレーニングについてです。
5つのマインドフルネス・トレーニングとはマインドフルな人生を送るためのガイドラインです。
今の世界の中には多くの混乱があり、子どもたちを育てていく上で安全で快適な環境であるとは言い難い状況です。そのような世界の中で5つのマインドフルネス・トレーニングは地図のような役割を果たしてくれます。大きな都市を歩くためのGPSのようなものです。以前は「戒」と呼ばれていましたが、それは私たちを縛るためのルールではなく、ブッダの知恵を現代に応用したものです。
5つのマインドフルネス・トレーニングは、幸せで健康な人生を送るための地図なのです。それがあると、家族やサンガ、この世界に光をもたらすことができます。
マインドフルネスには「正しいマインドフルネス(正念)」と「違ったマインドフルネス」があります。マインドフルネスにも方向性があります。
例えばタバコを吸っている人はその苦しみに気がついていないことが多くあります。時として「私はマインドフルにタバコを吸ってるんです」と言います。「息を吸ってタバコを吸っている。息を吐いてタバコを吐き出している。」というのを指して「マインドフルな喫煙」と言っている人がいました。その人は自分が苦しんでいないと思っていました。
そこで私は彼に尋ねました。「あなたがタバコを吸う時に、あなたの肺は苦しくなっていませんか?」と。かれは私を見つめてしばらく止まった後「そうですね。」と答えました。
その人に「長く生きたいですか?」と聞きました?すると彼は「もちろんです。子どもが成長する姿を見たいですから。」と言いました。彼は子どもの成長を見たがっていましたし、子どものサポートをしたいと思っていました。
しかし、タバコを吸って肺や身体や自分の周りの人に害を与えていたら、どうやって健康なまま生きて子どものサポートをすることができるでしょうか?
私はその人にタバコを止めろとは言いませんでした。ただ、タバコを吸う時に自分の肺や身体とつながって、何が起こっているかをよく感じてくださいと言いました。すると彼は1週間後に私のところにやってきて「タバコをやめました。」と言いました。
マインドフルネスの中心は「苦しみに気がつくこと」です。5つのマインドフルネス・トレーニングはどれも「苦しみがあることに気がつく」ことから始まっています。苦しみがあることに気がつくことによって、もっと苦しみを作らないように生きることができるようになります。
1つ目のトレーニングは「いのちを敬う」です。
様々なものの中に命があります。私たちの歩む一歩一歩にも命があり、一つの微笑みにも命があり、涙にも命があります。ネガティブな感情の中にも苦しみの中にも命があります。命が尊いこと、今ここに生きていることを感じることです。
それは何も「動物を食べない」ということを指しているのではありません。動物がどのように食卓に運ばれるようになったかにマインドフルであれば、慈悲の気持ちが湧いて肉食をやめる人もいるでしょうし、肉を食べる機会を減らすかもしれません。でも、身体のために動物や魚を食べることが必要なこともあります。野菜だけを食べていても、微生物を殺していることもあります。何も殺さないようにしようと思えば、何も食べられなくなります。そうすれば私たちは死んでしまいます。それは自分のいのちを大事にしていないことになります。
「肉を食べている人より、いない人の方がえらい」「魚を食べている人よりも完全なベジタリアンな私の方がえらい」というような考えで差別をしていたらそれは「いのちを敬う」ことにはならないのです。恥の感情や罪の意識で自分を責めることは、自分のいのちを敬うことにはならないのです。
5つのマインドフルネス・トレーニングとは主義思想ではなく、我々の人生を照らしてくれる光なのです。我々が幸せになるために何が必要かを教えてくれるのです。
それはジャッジメントではありません。差別的な思考でもありません。それは、あるものの見方に執着しない、ということなのです。
それは思いやりや優しさと共に生きていくということです。慈悲とはものの見方を指しているのではありません。それは、心からのレベルでつながるエネルギーなのです。それによって苦しみを理解することが可能になります。
「いのちを敬う」についてはまた来月も扱いたいと思います。この1ヶ月間実践してみてください。疑問や発見があったらまた来月シェアしてほしいと思います。
<アンフーンさんの法話 終わり>
法話の後は、いつものように食べる瞑想、歩く瞑想、マインドフルネス体操、座る瞑想を行いました。
歩く瞑想では、喜連川神社まで歩き、神社の静かな境内でマインドフルネス体操をしました。その後、樹齢300年のケヤキの木を抱いて静かに呼吸を感じる瞑想を行いました。
木を抱いて静かに呼吸をすると、木の温もりを味わうことが出来て、とても豊かで癒される時間でした。
その後、15時からはインターネット電話のZoomを用いて、プラムヴィレッジ・タイランドと東京の微笑みの風と繋がって、
年末年始のプラムヴィレッジ・タイランドでのリトリートに参加した方々の感想と日本に帰ってからの様子を一人ずつシェアする機会となりました。
その後は、日光サンガのメンバーでダルマシェアリングを行いました。
ダルマシェアリングでは、午前中のアンフーンさんの法話を聴いて感じたことや、日常生活の中で5つのマインドフルネス・トレーニングで実践していて感じたことを各自がそれぞれシェアしました。
参加して頂いた皆さま、ありがとうございました。
(Seiji@日光サンガ)
まず始めに、アンフーンさんの法話の法話がありました。
今年のアンフーンさんの法話は、5つのマインドフルネス・トレーニングの一項目ずつを深く掘り下げて学ぶことになりました。
<アンフーンさんの法話> (微笑みの風サンガのJINさん翻訳)
新しい年の始まりと共に、みなさんと一緒に新しい学びを始めたいと思います。5つのマインドフルネス・トレーニングについてです。
5つのマインドフルネス・トレーニングとはマインドフルな人生を送るためのガイドラインです。
今の世界の中には多くの混乱があり、子どもたちを育てていく上で安全で快適な環境であるとは言い難い状況です。そのような世界の中で5つのマインドフルネス・トレーニングは地図のような役割を果たしてくれます。大きな都市を歩くためのGPSのようなものです。以前は「戒」と呼ばれていましたが、それは私たちを縛るためのルールではなく、ブッダの知恵を現代に応用したものです。
5つのマインドフルネス・トレーニングは、幸せで健康な人生を送るための地図なのです。それがあると、家族やサンガ、この世界に光をもたらすことができます。
マインドフルネスには「正しいマインドフルネス(正念)」と「違ったマインドフルネス」があります。マインドフルネスにも方向性があります。
例えばタバコを吸っている人はその苦しみに気がついていないことが多くあります。時として「私はマインドフルにタバコを吸ってるんです」と言います。「息を吸ってタバコを吸っている。息を吐いてタバコを吐き出している。」というのを指して「マインドフルな喫煙」と言っている人がいました。その人は自分が苦しんでいないと思っていました。
そこで私は彼に尋ねました。「あなたがタバコを吸う時に、あなたの肺は苦しくなっていませんか?」と。かれは私を見つめてしばらく止まった後「そうですね。」と答えました。
その人に「長く生きたいですか?」と聞きました?すると彼は「もちろんです。子どもが成長する姿を見たいですから。」と言いました。彼は子どもの成長を見たがっていましたし、子どものサポートをしたいと思っていました。
しかし、タバコを吸って肺や身体や自分の周りの人に害を与えていたら、どうやって健康なまま生きて子どものサポートをすることができるでしょうか?
私はその人にタバコを止めろとは言いませんでした。ただ、タバコを吸う時に自分の肺や身体とつながって、何が起こっているかをよく感じてくださいと言いました。すると彼は1週間後に私のところにやってきて「タバコをやめました。」と言いました。
マインドフルネスの中心は「苦しみに気がつくこと」です。5つのマインドフルネス・トレーニングはどれも「苦しみがあることに気がつく」ことから始まっています。苦しみがあることに気がつくことによって、もっと苦しみを作らないように生きることができるようになります。
1つ目のトレーニングは「いのちを敬う」です。
様々なものの中に命があります。私たちの歩む一歩一歩にも命があり、一つの微笑みにも命があり、涙にも命があります。ネガティブな感情の中にも苦しみの中にも命があります。命が尊いこと、今ここに生きていることを感じることです。
それは何も「動物を食べない」ということを指しているのではありません。動物がどのように食卓に運ばれるようになったかにマインドフルであれば、慈悲の気持ちが湧いて肉食をやめる人もいるでしょうし、肉を食べる機会を減らすかもしれません。でも、身体のために動物や魚を食べることが必要なこともあります。野菜だけを食べていても、微生物を殺していることもあります。何も殺さないようにしようと思えば、何も食べられなくなります。そうすれば私たちは死んでしまいます。それは自分のいのちを大事にしていないことになります。
「肉を食べている人より、いない人の方がえらい」「魚を食べている人よりも完全なベジタリアンな私の方がえらい」というような考えで差別をしていたらそれは「いのちを敬う」ことにはならないのです。恥の感情や罪の意識で自分を責めることは、自分のいのちを敬うことにはならないのです。
5つのマインドフルネス・トレーニングとは主義思想ではなく、我々の人生を照らしてくれる光なのです。我々が幸せになるために何が必要かを教えてくれるのです。
それはジャッジメントではありません。差別的な思考でもありません。それは、あるものの見方に執着しない、ということなのです。
それは思いやりや優しさと共に生きていくということです。慈悲とはものの見方を指しているのではありません。それは、心からのレベルでつながるエネルギーなのです。それによって苦しみを理解することが可能になります。
「いのちを敬う」についてはまた来月も扱いたいと思います。この1ヶ月間実践してみてください。疑問や発見があったらまた来月シェアしてほしいと思います。
<アンフーンさんの法話 終わり>
法話の後は、いつものように食べる瞑想、歩く瞑想、マインドフルネス体操、座る瞑想を行いました。
歩く瞑想では、喜連川神社まで歩き、神社の静かな境内でマインドフルネス体操をしました。その後、樹齢300年のケヤキの木を抱いて静かに呼吸を感じる瞑想を行いました。
木を抱いて静かに呼吸をすると、木の温もりを味わうことが出来て、とても豊かで癒される時間でした。
その後、15時からはインターネット電話のZoomを用いて、プラムヴィレッジ・タイランドと東京の微笑みの風と繋がって、
年末年始のプラムヴィレッジ・タイランドでのリトリートに参加した方々の感想と日本に帰ってからの様子を一人ずつシェアする機会となりました。
その後は、日光サンガのメンバーでダルマシェアリングを行いました。
ダルマシェアリングでは、午前中のアンフーンさんの法話を聴いて感じたことや、日常生活の中で5つのマインドフルネス・トレーニングで実践していて感じたことを各自がそれぞれシェアしました。
参加して頂いた皆さま、ありがとうございました。
(Seiji@日光サンガ)
2020年2月16日日曜日
2月23日 マインドフルネス・プラクティスを開催
2020年2月23日に1日瞑想会(マインドフルネス・プラクティス)を開催します。
この日は、アンフーンさんの法話はありません。
一つ一つのプラクティスをじっくりと取り組み、各自のマインドフルネスを深めていく一日にしたいと思います。
【プログラム】※おおよその目安です
10時~12時:チャンティングの後、座る瞑想(1回目)、
歩く瞑想(1回目)、マインドフルネス体操、
(龍光寺で十一面観音菩薩像の拝観)
12時~13時:食べる瞑想
トータル・ボディ・リラクゼーション、
13時~14時:歩く瞑想(2回目)、
(笹屋別邸でひな飾りの鑑賞)
14時~15時:歌う瞑想、座る瞑想(2回目)
15時~16時:5つのマインドフルネス・トレーニングの読み合わせ
大地に触れる瞑想、
ダルマ・シェアリング(わかちあいの瞑想)
(プログラムの合間に適宜休憩があります)
瞑想初心者でも歓迎します。ご参加をお待ちしております♪
【日時】 2020年2月23日(日曜日)
10時~16時頃
(会場は9時半前には開いています)
(午前のみ/午後のみ/途中退席も可です)
【場所】 栃木県さくら市喜連川公民館・2階・和室
※駐車場有り
※公共の交通機関の場合、氏家駅から先のバス便が大変少ないです。
事前にご連絡頂ければ、JR氏家駅から無料送迎します。
(JR氏家駅に9時までに到着して下さい)
【参加費】 1000円
【持ち物】・昼食(なるべく菜食で)
・飲み物(水筒、ペットボトル等)
【申込み】参加申込みは📮こちらから📮
前日まで参加を受付けています。
会場の和室です。2間あって、とっても広いです
歩く瞑想では喜連川神社に行き、マインドフルネス体操をします
マインドフルネス体操の後は、龍光寺で十一面観音菩薩像の拝観も行う予定です。
午後は会場近くの笹屋別邸でひな飾りの鑑賞も行う予定です
2020年2月13日木曜日
日光サンガ 12月の「気づきの日」瞑想会の報告(2)
<法話の続きです>
なぜならば、そこには光がないから、マインドフルネスが欠けているからです。
私たちは、どうしたら幸せになれるのか?どうしたら優しくなれるのか?どうしたら世界に癒やしをもたらすことができるのか?
そのためには光が必要です。私たちは光を灯し、光を育てる必要があります。
マインドフルネスの光をです。
私達は自分自身の中でマインドフルネスの光を付けることができれば、他者に対しても、その光を付けることができます。
では、マインドフルネスの光を付けるためには、何年もプラクティスをしなければいけないのでしょうか?
プラクティスに必要な時間は1時間でしょうか?30分でしょうか?
たとえ5分でも、プラクティスを行うことで、自分自身の中でマインドフルネスの光を付けることができるのです。
そして、周りの人にも光を灯すことができるのです。
それは良い知らせです。
私達は自分が「そうしたい」と思いさえすれば、光を付けることができるのですから。
しかし、それは簡単なことではありません。
なぜならば、私達には根強い癖があるからです。
怖れ、心配、考え込みすぎることなどの癖があるからです。
そして、私達はこうして仲間達と共に座ることが難しいと感じるかも知れません。
こうして集まって、静かにじっと座ることが難しいと感じるかも知れません。
ですが、だんだんと慣れてきて、一緒に座ること、歩くこと、食べること、を楽しめるようになります。
それでは、これからトータルボディリラクゼーションに入る前に、サンガの中で一緒にプラクティスをしている仲間同士で、目と目を合わせて挨拶を交わしてください。
初めて参加した人でもそれはできますよ。
私は皆さんと一緒にいることができて本当に嬉しいです。
この世界では多くの人々が自分の部屋に閉じこもり、一人で座っています。
彼等は外の世界を安全だと感じることができません。
だからこそ、こうしてお互いの存在を感じ、お互いの存在に感謝することができるのは、本当に幸せなことです。大きな喜びなのですよ。
私達は小さな子供たちが一人きりで部屋にいるという状態を望んではいません。
お父さんやお母さん、おじいちゃんやおばあちゃんがそばにいて、見守ってくれることを望んでいます。
子供たちに「この世界は安全なところなんだよ」と伝えることは本当に素晴らしいことです。
小さな子供たち、若い人達は大人のことをよく見ています。
この世界には孤独を抱えた人が多いので、若い人達は、自分の心の中に「帰る場所」を見つけることができません。
私達はサンガの中で、「共にいる」ことをプラクティスしているのです。
私達が若い人達の抱えた苦しみに目を向けるとき、私達はもう小さなことでクヨクヨすることは無くなります。
気づきを保つこと、呼吸に気づきを向けること、を続けることで、私達は周りの人たちの分までマインドフルネスを育てることができます。
数日前、一人の女性が私達のサンガにやってきました。
プラクティスが終わったあと、彼女は私のもとにやってきて、ハグをして、泣き始めました。
彼女が言うには、
「私はもう20年以上も一人で瞑想を行ってきました。そして、今夜ここに来て、私のハートは初めて開かれました。
私は本当に信じられません!
ここに本当の兄弟愛、姉妹愛、家族愛、そして、暖かい触れ合いがあることが!
こんなに安全で安心できる場所があることが!」
そうして、さらに彼女は泣き続けました。
彼女は続けました。
「私はこれまで、泣いたことなんて無かったんです。
こんなに泣き続けたことなんて、無かったんです。」
この日は、5つのマインドフルネストレーニングのプレゼンテーションが行われて、2人の方が自分のプラクティスの話しをしてくれただけでした。
彼女に対して教えを説いたりすることはありませんでした。
それにも関わらず、彼女は言いました。
「ついに私は、本当の自分の家に帰ってきました!」
ですから皆さん、たくさんの話しをすることや、多くの行動をすることはあまり関係がないのです。
大切なのはサンガの持っているエネルギーです。
サンガの持っている純粋で暖かく平和に満ちたエネルギーが奇跡を起こすのです。
私達はお互いに助け合いサンガを作ることができます。
そうして本当に意義深いことをサンガを通して行うことができるのです。
それでは、横になってトータルボディリラクゼーションを始めたいと思います。
これは自分自身を感じるプラクティスです。
これは完全に休むという私達があまり行うことのないプラクティスです。
私達は眠っているときでさえ、心や身体は活動を止めないで、緊張が残ったままです。
すると、朝起きても、満足できる休息を得ることができません。
トータルボディリラクゼーションを通して私達はとても深く休むことができます。
そうすることでハートが開き直り命が開きます。
それでは皆さん、横になってください。
<アンフーンさんの法話終わり>
その後、トゥさんの誘導によるトータルボディリラクゼーションが行われました。
続いての質疑応答では、韓国サンガからと熊本サンガからの質問にアンフーンさんが丁寧に答えてくださいました。
その後は、いつものように、食べる瞑想、歩く瞑想、歌う瞑想、座る瞑想、ダルマシェアリングを実践しました。
参加して下さいました皆さま、ありがとうございました。
なぜならば、そこには光がないから、マインドフルネスが欠けているからです。
私たちは、どうしたら幸せになれるのか?どうしたら優しくなれるのか?どうしたら世界に癒やしをもたらすことができるのか?
そのためには光が必要です。私たちは光を灯し、光を育てる必要があります。
マインドフルネスの光をです。
私達は自分自身の中でマインドフルネスの光を付けることができれば、他者に対しても、その光を付けることができます。
では、マインドフルネスの光を付けるためには、何年もプラクティスをしなければいけないのでしょうか?
プラクティスに必要な時間は1時間でしょうか?30分でしょうか?
たとえ5分でも、プラクティスを行うことで、自分自身の中でマインドフルネスの光を付けることができるのです。
そして、周りの人にも光を灯すことができるのです。
それは良い知らせです。
私達は自分が「そうしたい」と思いさえすれば、光を付けることができるのですから。
しかし、それは簡単なことではありません。
なぜならば、私達には根強い癖があるからです。
怖れ、心配、考え込みすぎることなどの癖があるからです。
そして、私達はこうして仲間達と共に座ることが難しいと感じるかも知れません。
こうして集まって、静かにじっと座ることが難しいと感じるかも知れません。
ですが、だんだんと慣れてきて、一緒に座ること、歩くこと、食べること、を楽しめるようになります。
それでは、これからトータルボディリラクゼーションに入る前に、サンガの中で一緒にプラクティスをしている仲間同士で、目と目を合わせて挨拶を交わしてください。
初めて参加した人でもそれはできますよ。
私は皆さんと一緒にいることができて本当に嬉しいです。
この世界では多くの人々が自分の部屋に閉じこもり、一人で座っています。
彼等は外の世界を安全だと感じることができません。
だからこそ、こうしてお互いの存在を感じ、お互いの存在に感謝することができるのは、本当に幸せなことです。大きな喜びなのですよ。
私達は小さな子供たちが一人きりで部屋にいるという状態を望んではいません。
お父さんやお母さん、おじいちゃんやおばあちゃんがそばにいて、見守ってくれることを望んでいます。
子供たちに「この世界は安全なところなんだよ」と伝えることは本当に素晴らしいことです。
小さな子供たち、若い人達は大人のことをよく見ています。
この世界には孤独を抱えた人が多いので、若い人達は、自分の心の中に「帰る場所」を見つけることができません。
私達はサンガの中で、「共にいる」ことをプラクティスしているのです。
私達が若い人達の抱えた苦しみに目を向けるとき、私達はもう小さなことでクヨクヨすることは無くなります。
気づきを保つこと、呼吸に気づきを向けること、を続けることで、私達は周りの人たちの分までマインドフルネスを育てることができます。
数日前、一人の女性が私達のサンガにやってきました。
プラクティスが終わったあと、彼女は私のもとにやってきて、ハグをして、泣き始めました。
彼女が言うには、
「私はもう20年以上も一人で瞑想を行ってきました。そして、今夜ここに来て、私のハートは初めて開かれました。
私は本当に信じられません!
ここに本当の兄弟愛、姉妹愛、家族愛、そして、暖かい触れ合いがあることが!
こんなに安全で安心できる場所があることが!」
そうして、さらに彼女は泣き続けました。
彼女は続けました。
「私はこれまで、泣いたことなんて無かったんです。
こんなに泣き続けたことなんて、無かったんです。」
この日は、5つのマインドフルネストレーニングのプレゼンテーションが行われて、2人の方が自分のプラクティスの話しをしてくれただけでした。
彼女に対して教えを説いたりすることはありませんでした。
それにも関わらず、彼女は言いました。
「ついに私は、本当の自分の家に帰ってきました!」
ですから皆さん、たくさんの話しをすることや、多くの行動をすることはあまり関係がないのです。
大切なのはサンガの持っているエネルギーです。
サンガの持っている純粋で暖かく平和に満ちたエネルギーが奇跡を起こすのです。
私達はお互いに助け合いサンガを作ることができます。
そうして本当に意義深いことをサンガを通して行うことができるのです。
それでは、横になってトータルボディリラクゼーションを始めたいと思います。
これは自分自身を感じるプラクティスです。
これは完全に休むという私達があまり行うことのないプラクティスです。
私達は眠っているときでさえ、心や身体は活動を止めないで、緊張が残ったままです。
すると、朝起きても、満足できる休息を得ることができません。
トータルボディリラクゼーションを通して私達はとても深く休むことができます。
そうすることでハートが開き直り命が開きます。
それでは皆さん、横になってください。
<アンフーンさんの法話終わり>
その後、トゥさんの誘導によるトータルボディリラクゼーションが行われました。
続いての質疑応答では、韓国サンガからと熊本サンガからの質問にアンフーンさんが丁寧に答えてくださいました。
その後は、いつものように、食べる瞑想、歩く瞑想、歌う瞑想、座る瞑想、ダルマシェアリングを実践しました。
参加して下さいました皆さま、ありがとうございました。
2020年2月9日日曜日
日光サンガ 12月の「気づきの日」瞑想会の報告(1)
2019年12月8日、日光サンガ「気づきの日」の瞑想会が開かれました。
まず始めに、日本、韓国、アメリカ・ワシントンとがZoomで繋がり、アンフーンさんの法話がありました。
<アンフーンさんの法話>
親愛なる皆さん、おはようございます。
今日のワシントンは氷点下の寒い一日ですが、ゆっくりと呼吸をして皆さんのお顔を見つめていると、心が暖かくなってくるようです。
皆がこうして、平和と幸せと自由の中に集まっていることにとても感謝しています。
この恵まれた環境に対して、タイ(ティク・ナット・ハン師)や多くの先生方に感謝しています。
私に命を与えてくれた両親、そして、友人、木々や森、川、空、大地、動物達にも感謝しています。
私の心にある幸せや苦しみに対しても、感謝しています。
今ここ、この瞬間は本当に幸せです。
皆さんも、そう感じますか?
こうして皆で座り、身体をリラックスさせて、鐘の音と呼吸に注意を向けるとき、私達の中で純粋な喜びが湧き上がってきます。
この集まりには、お年を召した方から生まれたばかりの赤ちゃんまで色々な年代の人たちがいますね。
私たちは「今ここに存在して、生きていること」を実践しています。
この実践はとても力強く、美しく、心満たされるものです。
赤ちゃんはお母さんのお腹にいる時からプラクティスできます。
またお年を召した方もプラクティスできます。
私達のプラクティスは、どんな立場の人でも実践できます。
私達のプラクティスは、心を身体に戻すこと、今ここを十分に味わうことです。
考えたり、悩んだり、怖れることを止めることで、心は平和や喜びに満たされます。
そして私たちは、プラクティスを通して感じる平和や喜びは、私たち自身だけのものではなくて、私たちの愛する人達のものでもあると感じることができます。
私たちが呼吸を感じるとき、私たちはお母さんに幸せを伝えることができます。
「お母さん、私は幸せだよ」
そして、お母さんも幸せになります。
もし、私たちの息子が苦しみの中にいて笑うことができないときに、私たちはマインドフルな呼吸をして、微笑みを息子に手渡すことができます。
ですから、このプラクティスは私だけのため、あなただけのためではなく、私たちが気にかけているみんなのため、そして、花や動物や水や大地、地球環境のためのプラクティスです。
それでは、心地良く感じられるように姿勢を正して下さい。
鐘の音について少しお話します。
最初に鐘を半分招くのは「WAKE UP」と言って、心があちらこちらに彷徨うのを止めて今この瞬間に戻すことを促してくれます。
それから、鐘を3回招く音を聴きながら、自然で落ち着いた静かな呼吸を味わってください。
吸う息と吐く息それぞれに気づきのエネルギーを向けてください。
(座る瞑想の実践)
このように、私たちはプラクティスによって5分でも10分でも、平和や喜びを感じながら座ることができます。
あなたは平和を作り出そう、幸せを作り出そうと考える必要はありません。
そこにただ座って、息を吸って、息を吐き、呼吸に気づいていれば、自然と幸せと平和はそこにあるということに気づいていきます。
私たちは一生懸命に相手に話したり、相手の話しを聞いたりしていますが、それでもなお、私たちは相手との繋がりを感じたり、相手に親しみを感じることは難しく思っています。
その代わり、話したり、聞いたりすることなく、静かに座って、一緒に呼吸をするだけで、身体はリラックスして、心は落ち着いていきます。
お互いに深く繋がっていることを感じます。
相手の話しを深く聴くことが容易になり、また相手に愛を込めて話すことができるようになります。
それが瞑想の醍醐味です。
そして、私たちが自分の内側と深く繋がること、つまり、私たちの心の中で何が起こっているのか、私たちの身体の中で何が起こっているのかを知ることで、私たちは周りとも深く繋がることができます。
私たちが吸う息と吐く息に十分に繋がることで、身体と心を一つに繋げることができます。
ここで、真っ暗な部屋を想像してみてください。
真っ暗な部屋に入ると何も見えません。
そこでライトを付けると、部屋の中の様子が見えるようになります。
マインドフルな呼吸はこのライトのようなものです。
彷徨う心が今ここに戻ってきて、自分の感情や感覚、意識を認識し、身体と心が一つに繋がります。
そして、自分が大切にしている人と繋がっていきます。
暗闇の中で歩くのは危険です。
ライトを付けて歩くのは安全です。
マインドフルネスとはそのライト、光です。
私たち一人ひとりにはその光を灯す力を持っています。
光を灯す力を強めるのはマインドフルネスのプラクティスを通してです。マインドフルな呼吸を通してです。
私たちは絶えずに何かを行ったり、何かを話したりしていますが、そのことがさらなる苦しみをもたらしてしまう、ということに気がつきませんか?
それはなぜなのでしょうか?
<次回に続きます>
まず始めに、日本、韓国、アメリカ・ワシントンとがZoomで繋がり、アンフーンさんの法話がありました。
<アンフーンさんの法話>
親愛なる皆さん、おはようございます。
今日のワシントンは氷点下の寒い一日ですが、ゆっくりと呼吸をして皆さんのお顔を見つめていると、心が暖かくなってくるようです。
皆がこうして、平和と幸せと自由の中に集まっていることにとても感謝しています。
この恵まれた環境に対して、タイ(ティク・ナット・ハン師)や多くの先生方に感謝しています。
私に命を与えてくれた両親、そして、友人、木々や森、川、空、大地、動物達にも感謝しています。
私の心にある幸せや苦しみに対しても、感謝しています。
今ここ、この瞬間は本当に幸せです。
皆さんも、そう感じますか?
こうして皆で座り、身体をリラックスさせて、鐘の音と呼吸に注意を向けるとき、私達の中で純粋な喜びが湧き上がってきます。
この集まりには、お年を召した方から生まれたばかりの赤ちゃんまで色々な年代の人たちがいますね。
私たちは「今ここに存在して、生きていること」を実践しています。
この実践はとても力強く、美しく、心満たされるものです。
赤ちゃんはお母さんのお腹にいる時からプラクティスできます。
またお年を召した方もプラクティスできます。
私達のプラクティスは、どんな立場の人でも実践できます。
私達のプラクティスは、心を身体に戻すこと、今ここを十分に味わうことです。
考えたり、悩んだり、怖れることを止めることで、心は平和や喜びに満たされます。
そして私たちは、プラクティスを通して感じる平和や喜びは、私たち自身だけのものではなくて、私たちの愛する人達のものでもあると感じることができます。
私たちが呼吸を感じるとき、私たちはお母さんに幸せを伝えることができます。
「お母さん、私は幸せだよ」
そして、お母さんも幸せになります。
もし、私たちの息子が苦しみの中にいて笑うことができないときに、私たちはマインドフルな呼吸をして、微笑みを息子に手渡すことができます。
ですから、このプラクティスは私だけのため、あなただけのためではなく、私たちが気にかけているみんなのため、そして、花や動物や水や大地、地球環境のためのプラクティスです。
それでは、心地良く感じられるように姿勢を正して下さい。
鐘の音について少しお話します。
最初に鐘を半分招くのは「WAKE UP」と言って、心があちらこちらに彷徨うのを止めて今この瞬間に戻すことを促してくれます。
それから、鐘を3回招く音を聴きながら、自然で落ち着いた静かな呼吸を味わってください。
吸う息と吐く息それぞれに気づきのエネルギーを向けてください。
(座る瞑想の実践)
このように、私たちはプラクティスによって5分でも10分でも、平和や喜びを感じながら座ることができます。
あなたは平和を作り出そう、幸せを作り出そうと考える必要はありません。
そこにただ座って、息を吸って、息を吐き、呼吸に気づいていれば、自然と幸せと平和はそこにあるということに気づいていきます。
私たちは一生懸命に相手に話したり、相手の話しを聞いたりしていますが、それでもなお、私たちは相手との繋がりを感じたり、相手に親しみを感じることは難しく思っています。
その代わり、話したり、聞いたりすることなく、静かに座って、一緒に呼吸をするだけで、身体はリラックスして、心は落ち着いていきます。
お互いに深く繋がっていることを感じます。
相手の話しを深く聴くことが容易になり、また相手に愛を込めて話すことができるようになります。
それが瞑想の醍醐味です。
そして、私たちが自分の内側と深く繋がること、つまり、私たちの心の中で何が起こっているのか、私たちの身体の中で何が起こっているのかを知ることで、私たちは周りとも深く繋がることができます。
私たちが吸う息と吐く息に十分に繋がることで、身体と心を一つに繋げることができます。
ここで、真っ暗な部屋を想像してみてください。
真っ暗な部屋に入ると何も見えません。
そこでライトを付けると、部屋の中の様子が見えるようになります。
マインドフルな呼吸はこのライトのようなものです。
彷徨う心が今ここに戻ってきて、自分の感情や感覚、意識を認識し、身体と心が一つに繋がります。
そして、自分が大切にしている人と繋がっていきます。
暗闇の中で歩くのは危険です。
ライトを付けて歩くのは安全です。
マインドフルネスとはそのライト、光です。
私たち一人ひとりにはその光を灯す力を持っています。
光を灯す力を強めるのはマインドフルネスのプラクティスを通してです。マインドフルな呼吸を通してです。
私たちは絶えずに何かを行ったり、何かを話したりしていますが、そのことがさらなる苦しみをもたらしてしまう、ということに気がつきませんか?
それはなぜなのでしょうか?
<次回に続きます>
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