2019年11月22日金曜日

日光サンガ 11月の「気づきの日」瞑想会の報告(2)

〈前回の続きです〉

マインドフルネスの実践を通して、私たちのいろいろな要素を一つにまとめることができます。
私たちの中には、10年前の自分、30年後の自分、30年前の自分など、いろいろな要素が存在しています。
そのいろいろな要素を一つにまとめることは大変良いことです。
しっかりと地に足がついた状態になって、自分の存在感がはっきりとして、生き生きとしてきます。エネルギーが湧いてきます。

でも時々、自分の嫌な面、自分の一部だと認めたくない面も出てきます。

昨日土曜日は私の母の80歳の誕生日でした。
私の兄弟姉妹がテキサスから訪ねてきて、母の誕生日を一緒に祝いました。
私達はたくさんの話をしました。
子供時代の、特にベトナムからボートに乗ってマレーシアに行き、そこからアメリカに渡ったときの話しをしました。

私の父は2006年に他界しましたが、ベトナムからマレーシアに行くボートの旅は父が計画しました。
その旅は本当に危険なものでした。1979年のことで、私は当時17歳でした。
多くの怖れや痛み、苦しみがあり、多くの涙を流しました。家族でその過酷な旅を一緒に通り抜けてきました。
しかし、同時にその旅を通して、家族の深い繋がりを感じました。
当時のことを思い出すことで、その深い繋がりを今でも思い出すことができます。

そして、気づいたことは、その経験がどれほど恐ろしくて、苦しくて、痛みを伴ったものだとしても、家族のルーツとしてしっかりと結び付けられているということでした。

例え、うまくいかない仕事、うまくいかないキャリアがあったとしても、私たちにはある種の強さが与えられるということです。

私がここで言いたいのは、
私たちは過去を振り返ることで、そこで起きた出来事、その出来事を通してみた家族の関係性や繋がりを感じることができるということです。
その出来事を通して家族のルーツを見る、自分自身の心のルーツを見ることができるということです。

そして、家族で集まり一緒に座って、一人ひとりの話しを深く聴くと、学ぶことがたくさんあります。私たちの心は当時よりもずっと強くなっていて、地に足がついています。
若いときはその出来事を通り抜けるだけで精一杯でしたが、大人になってから、当時を振り返って周りとシェアすることができるようになりました。
そして、その出来事は家族で乗り越えた大変な旅だったということが分かるようになりました。

ベトナムからボートで脱出した多くの人達は、起こった出来事を話したがりません。

しかし、家族で一緒に座り、一人ひとりがその出来事を振り返って、何が起きたのか、どんな経験をしたのか、その時の気持ちはどうだったのかを、皆んなにシェアすることは素晴らしいものです。とてもパワフルなことです。
私にとって、それは本当に家族の中にいるという実感が湧いてきて、寛げる時間でした。


私が初めて日本に来た後、ユミコさんとナオキさんの二人の日本人がワシントンにやってきてリトリートに参加してくれました。
その時にユミコさんはアオムシのぬいぐるみを見つけて喜んでいました。
そのアオムシのぬいぐるみはまるで日本のサンガのようだと言いました。
なぜなら、ボスがいないからです。
そこで、ユミコさんはリトリートの後、アオムシのぬいぐるみを1ダース買って日本に戻りました。
当時は日本にはサンガが2、3しかありませんでしたが、今では15以上のサンガがありますね。

サンガはアオムシのようであり、私たちはその一部です。そして私たちが集まってサンガという全体を作っています。
私たち自身もそうですね。
私たちの中には色々な要素が集まっていて、それが私という人間の全体を形作っています。

こうしてみんなで集まっていてプラクティスするのはとても幸せなことです。
サンガを信頼することができます。
そして実際にサンガは機能して、動いて、決断をすることができます。
それはまるで一つの身体のように動きます。
美しいハーモニーを生み出して、サンガの強い基盤を作り出しています。

これは皆さんが瞑想するときのイメージとして良いかもしれません。
皆さんはプラクティスを楽しんでくださいね。

それでは、皆さん、これから鐘を招きますので、吸う息、吐く息と、呼吸に立ち返っていきましょう。

(全員で座る瞑想を行う)


最後に、皆さんへ一つ提案したいと思います。
皆さん一人ひとりが日記を書くのはいかがでしょうか。
特に今日の法話の中で話したテーマについて日記を書くのが良いと思います。

子供の頃から成長する過程において、家族の中で起きた出来事を書くこと。
それを元に、お父さん、お母さん、兄弟姉妹と話すことも良いことです。
もし、話す相手がいなければ、日記の中で話しかけることもできます。

これはプラクティスです。
起きたことをただ書くだけではありません。
過去に起きた出来事を書いて、さらにその出来事に対して、親や兄弟に対して、何を感じたのかを質問します。
そして、ペンを置いて、その場所に今いることを自分にゆるします。
呼吸に戻り、リラックスして、その場所にいることを感じてみてください。

もし皆さんがこの日記のプラクティスを始めるときには、マインドフルネスの呼吸、お茶の瞑想、座る瞑想、歩く瞑想、トータルボディリラクゼーションを行ってから、始めて下さい。

私が皆さんに、今始めたほうが良いと勧めるのは、皆さんが80歳、90歳と年を重ねていくとこうしたことができなくなるからです。

このプラクティスをすると、自分の内側で一つになって、とても心地よくなります。
自分の内側が平和になって、呼吸がおいしく感じられます。より今ここに存在することができるようになります。

このプラクティスは決して難しくはありません。
しかし、とても時間がかかります。
皆さんは今、忙しいですか?
このプラクティスをする時間がありますか?
もし、忙し過ぎるならば、このプラクティスはできないです。

あなたは一つの文章を書くだけでも良いのです。
一つの文章を書くだけでも、あなたのハートに火をつけることができます。
そして、このプラクティスを続けるためのモチベーションやエネルギーを養うことができます。

ありがとうございました。

今、ワシントンは紅葉の季節で、木々が美しく色づいています。
日本でも紅葉が美しい季節を迎えたのだと思います。
それでは、皆さん、楽しいランチタイムを過ごしてくださいね。

〈法話終わり〉

法話のあとはいつものように食べる瞑想、歩く瞑想、マインドフルネス体操、歌う瞑想、座る瞑想、ダルマシェアリングを行いました。


歩く瞑想で訪れたお丸山公園では、モミジの葉っぱが色づき始めていました。

参加して下さった方々、ありがとうございました。
来月の気づきの日は12月8日(日曜日)です。
また一緒に瞑想ができることを楽しみにしています。

2019年11月13日水曜日

日光サンガ 11月の「気づきの日」瞑想会の報告(1)

2019年11月3日、日光サンガ「気づきの日」の瞑想会が開かれました。


まず始めに、トゥさんの誘導で座る瞑想とトータルリラクゼーションがあり、その後、アンフーンさんの法話がありました。

「Good morning, Dear friends」
親愛なる皆さん、おはようございます。
私はこうして皆さんに「Dear friends」と呼び掛けるときに大きな喜びを感じます。
これは単なる言葉ではなく、心の深いところで経験されているものです。
たとえ皆さんがこの法話に初めて参加したとしても、私は皆さんに「Dear friends」、「私の親愛なる友」と呼び掛けます。

15年前、ワシントンで心理療法のシンポジウムが開かれて、私はそこでマインドフルネスの講演をしました。
その講演の冒頭で、私は参加者の方々に「Dear friends」と呼び掛けたことを憶えています。
数年後、講演の参加者の一人が私の瞑想会に参加しました。
彼女は私の講演の中で聴いた鐘の音と、「Dear friends」という言葉のことをシェアしてくれました。そして、涙を流しました。

「Dear friends」という言葉は決して難しい言葉ではありません。Dear(親愛なる)とfriends(友よ)というシンプルな言葉の組み合わせです。
しかし、その言葉を聞いたときに、彼女の心の奥深くにある愛の種、つながりの種に水が注がれたのです。

彼女が私に話してくれたことは、彼女のこれまでの人生の中で初めて愛を感じた瞬間が、「Dear friends」という言葉を聞いたときだったことです。
その後、彼女は多くの法話を聞きましたが、この「Dear friends」というシンプルな言葉が、彼女にとっては、大きな愛を感じる言葉でした。

そして今は、皆さん一人ひとりに心の奥深くから「Dear friends」と呼び掛けます。
なぜなら、皆さん一人ひとりがマインドフルネスの実践をするために、今ここに集まったからです。
マインドフルネスの実践を通して、皆さん一人ひとりの中に「先生」の存在が現れてくるからです。

マインドフルネスの実践によって、私たちは昏睡状態のような深い眠りから目覚めます。
そして、目覚めた後、私の愛、喜び、痛み、は全て私にとって「Dear」親愛なるものになります。

マインドフルネスの実践を通して、私は自分の痛みに触れることができます。
痛みを愛の目でまっすぐに見つめ、恐れることはありません。痛みを「Dear」親愛なるものとして受け入れることができます。

親愛なる皆さん、この「Dear friends」という言葉は、ただの言葉ではありません。
この言葉をどの部分から発するのかで、そのエネルギーの伝わり方が変わります。

ときには、誰かを見つめるだけで、相手が泣き出すことがあります。
ときには、誰かを抱きしめるだけで、相手が泣き出すことがあります。
言葉は発していません。ただ見つめる、ただ抱きしめる、それだけで誰かの目から涙が溢れ出すことがあります。

涙を流すこと、それは癒やしの瞬間です。
何世代にも渡って、心の奥で凍りついた固まりが、溶け出す瞬間です。それはマインドフルネスの奇跡です。

現代社会では、心の奥で凍りついた固まりが、長い時間そのままになっていることがあります。
私たちは、とても忙しい毎日を送っています。
やるべきことがたくさんあります。良いこともたくさんしようと思っています。
ただし、泣くための時間や場所が無いのです。

今日、この「気づきの日」、マインドフルネス実践の日は、私たちの意図は、ただ、私たちのためにいるということです。
何かをする必要はありません。何かを達成する必要もありません。
ただ、私であれば良い、私と共にいれば良いのです。

愛や平和や安心のエネルギーがサンガにある、そこに行けば、愛や平和や安心を感じることができる、サンガをそんな場所にしたいと思っています。
そしてそれは、サンガに参加した方一人ひとりのマインドフルネスの実践をそうして出来上がっていくものだと思います。

サンガの中で一人ひとりがマインドフルネスの実践をすることで、マインドフルネスのエネルギーが私たちの心の中で凍りついている固まりを溶かしてくれます。それがマインドフルネスの奇跡です。

ですから、親愛なる皆さん、皆さんは今、正しい場所にいますよ。

皆さんは今、愛されています。見つめられています。
これまでの人生の中で、皆さんは愛されたり、見つめられたことが無かったかもしれません。
ですが、皆さんは、愛される存在であり、見つめられる存在であり、掛け替えのない貴重な存在です。
皆さんが今ここにいることに、心から感謝しています。

<次回に続きます>